【第九話】 海の幸は山の幸、守り活かす人の幸。【前篇】

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    熟練の素潜り漁で採る天然岩牡蠣。
    大ぶりの身と濃厚なミルキーさが魅力の夏の旬。

    朝一番で遊佐町吹浦(ふくら)漁港を出た漁船が、昼近くになって、軽快なエンジン音を響かせようやく戻ってきました。船のデッキには採りたての岩牡蠣が山積みです。とは言っても見た目はただの岩の塊のようで、美味しそうなどころか食べ物にさえ思えません。「岩牡蠣」と呼ばれる所以です。
    護岸に水揚げされるとすぐに殻に付着した海藻などを削り落とし、その日のうちに市場や鮮魚店に向けて出荷されていきます。港内の海面が、夏の日差しにキラキラと輝いています。

    「え?夏?牡蠣なのに夏?」。そう思われた方は「Rの付かない月の牡蠣は食べるな」という古くからのことわざをきっとご存知のはず。「Rの付かない月」とは、すなわち「5月(May)、6月(June)、7月(July)、8月(August)」の4カ月のこと。ところが、岩牡蠣の旬はそのど真ん中、6月から8月半ば頃までが一番美味しい時期なのです。
    実は国内で流通している牡蠣には、真牡蠣と岩牡蠣があり、いわゆる「冬の牡蠣」は真牡蠣を指します。広島産や宮城産がよく知られていますね。これに対して岩牡蠣は日本海側に多い「夏の牡蠣」。産卵の仕方の違いで、夏に最も身がふくよかで甘みを増すのが特徴です。
    ですから山形県人、特に庄内人にとっては、牡蠣といえば夏。半袖に衣替えをする頃になると牡蠣漁始まりのニュースを心待ちにするのですが、その美味しさからだいぶ知られるようになってきた今でも「夏に牡蠣?」と驚く県外の人は少なくありません。

    漁港の風景に話を戻しましょう。
    帰着した船上にはウエットスーツの上半身をはだけた、たくましい牡蠣漁師の姿。一般的な真牡蠣と違い、吹浦の岩牡蠣は養殖ではなくすべて天然物。水深20m前後に棲息し、漁は酸素ボンベを使わず素潜りで行います。そのため低い海水温度に耐えるウエットスーツが夏でも欠かせません。しかも岩礁と一体化している岩牡蠣を見分け採取するには、経験によって培われた熟練の目と技が求められます。

    「吹浦の、と名がつくだけで値が違う」

    遊佐の牡蠣漁師は誇らしげにそう言います。理由は鳥海山にあります。第二話(後篇)を覚えていますか?海岸に湧き出る伏流水です。同様に遊佐町の日本海沿岸には海底に数多くの湧水があり、このミネラルやカルシウムを多く含んだ鳥海山の恵みは、エサとなる良質のプランクトンを大量に発生させ、15~20cmもの大きく、濃厚に肥えた身を抱える岩牡蠣を育むのです。
    また、天然物ゆえに、乱獲を避け守り育てるため休漁期間を決め、一度に採る量も厳しく制限するなど、岩牡蠣の保護にも努めています。

    スルリと頬張れば口いっぱい、比喩でなく本当に口いっぱいの遊佐吹浦の岩牡蠣。生はもちろん、焼けばさらにミルキーさが増します。これを肴に、同じ山と水と人の恵みが育てるウイスキーを楽しめる日は、それほど遠くありません。

    後篇に続く

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