【第十話】 ゼロからのウイスキーづくり。遊佐蒸溜所の流儀。【前篇】

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    鳥海山を背景に若いスタッフたちが担う、
    世界に誇れるオリジナルウイスキー。

    平成30年(2018)11月、山形県遊佐町。出羽富士とも呼ばれる鳥海山が美しい稜線を広げる田園地帯に、ぽつんと佇む可愛らしい蒸溜所から、ついにウイスキーの原酒が産声を上げました。蒸留新酒(ニューポットまたはニューメイクスピリット)と呼ばれる、樽貯蔵する前の原酒です。

    7月に、マッカランなどで知られるスコットランドのフォーサイス社から特注の蒸留器「ポットスチル」が到着し、同社の技術者とともに試験蒸留を続けてきました。製法はスコットランドの本流にならい、原料となる大麦もスコットランド産を輸入。まずは大麦麦芽の乾燥にピートを使わない「ノンピーテッド」の原料でスタートし、今シーズンの最後(2019年7月)に、「ピーテッド」の原料にもチャレンジしていくといいます。
    ピートとは燃料になる泥炭のこと。ピートを用いて乾燥させた「ピーテッド」麦芽からは燻製のようなスモーキーフレーバーのウイスキーが、逆に「ノンピーテッド」麦芽からはクセがなくクリアで万人に好まれるウイスキーができるのだそうです。

    ウイスキーづくりは、原料となる大麦麦芽から、糖化・発酵・蒸留・貯蔵の工程を踏みますが、担当するのはすべて若いスタッフ。しかも全員がウイスキーづくり未経験の初心者です。そう聞くと驚かれるかもしれません。でも、そこに遊佐蒸溜所が目指す新しいウイスキーの姿が重なります。

    「不安よりも、ワクワクする期待感。何年後かに熟成した樽を開けるロマンを楽しみにしている自分がいます。自分自身もウイスキーとともに技術者として熟成していきたい」

    「他社から経験者を招くことなく、まっさらな状態から取り組むことで、既成の色に染まらないジャパニーズウイスキー、遊佐オリジナルのウイスキーを造り出していきたい」

    世界的なウイスキーづくりの本場スコットランドの設備、製法をベースにしながら、国内の蒸溜所での視察・研修で実務を学んだスタッフによる試験蒸留は、フォーサイス社の技術者から「彼らはよくやった!」「パーフェクト!」との高い評価を得ました。

    遊佐蒸溜所は敷地4,550㎡に蒸留棟と2棟の貯蔵庫を備え、1日525リットル、年間約10万5千リットルの製造キャパを持ちます。この小さな蒸溜所から世界に向けて、世界が憧れる山形初のジャパニーズウイスキーへのゼロからの挑戦が始まります。新しく設定したコンセプトは「TLAS(トラス)」。その意味は?

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    蒸留酒にかける熱意と誠意。
    その歴史と伝統、流儀をウイスキーづくりに。

    遊佐蒸溜所の母体である株式会社「金龍」は、山形県内唯一の焼酎専門メーカーであり、そのブランド名です。ものづくりにかける誠実な姿勢は、ユーザーの安全・安心・満足に寄与すること、社会に貢献すること、創造と熱意と努力を怠らないこと、地域とのコミュニケーションを大切にすること。品質に対する確かな信頼とともに、多くの人に愛される焼酎であり続けてきました。

    「ウイスキーづくりも同じです。技術的には試行錯誤が不可欠ですが、人材の育成も含めて品質・安全管理に万全を尽くしながら、これまで以上の安心と満足を提供していきます」

    ウイスキーのコンセプト「TLAS」は、「Tiny(小さい、ちっぽけな)、Lovely(かわいい)、Authentic(本物の)、Supreme(最高の)」の頭文字。文字通り、小さなかわいらしい蒸溜所で、世界中の人々に愛される、本物で最高のウイスキーを、遊佐町から届けたい。その情熱と決意を表しています。

    気になる出荷時期は、3年後の2021年の冬。熟成の状態を確かめ、納得できる水準に達していない場合はさらに寝かせ、出荷が5年先に延びる可能性もあるといいます。貯蔵する樽は、手始めとしてスコッチウイスキー熟成の9割におよぶ主流のアメリカン・オークのバーボン樽。ゆくゆくはシェリー樽やその他の樽も試していくとか。
    ちなみにスコットランドは年間の気温差が10℃程度。これに比べて遊佐町は約40℃もの寒暖差があります。さらに熟成庫は86%の適切な湿度が保たれるため、彼の地で8年かかる熟成が5年で進むと想定しており、ここにも遊佐オリジナルウイスキーの新たな可能性を見出しています。

    遠く海路を経て鎮座する真新しいポットスチルの先には、大きな窓の端から端まで広がる鳥海山の雄大なパノラマが。山頂をうっすらと白く染め始めた雪は、まもなく里に降りてくるでしょう。冬春夏秋。鮮やかな四季を何度か繰り返し、山形初のジャパニーズウイスキーは、デビューを夢見ながら静かに眠りについています。

    後篇に続く

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