【第四話】 暮らしに寄り添う川の流れを追う。【前篇】
01
町はずれの田んぼに湧く水が川のはじまり。
希少種を育む清流となって暮らしを潤す。
遊佐の里を巡る水の物語はさらに続きます。
山形県の日本海側を縦断し、新潟県と秋田県を結ぶJR羽越本線。車窓に流れる広々とした庄内平野の田園風景と光に波打つ日本海の眺めは、故郷の原風景そのもの。さながら悠久の時を旅するタイムマシンのようです。
遊佐町には南鳥海駅、遊佐駅、吹浦駅の三駅があり、なかでも町の中心に位置するのが遊佐駅。スマートな駅舎を出て昭和の面影を残す街並みを進むとすぐに、町なかを流れる八ツ面川の清流と出会います。
八ツ面は「やつめ」と読みます。ちょっと変わった名前です。
「やつ」は「谷地(やち)」、すなわち湿地のこと。「面」は面積という言葉でもわかるように、土地や場所を意味することから、「八ツ面」は「湿地帯の土地」を指すらしいのです。いかにも水の里遊佐町らしい由来ですが、川を遡ると谷地説を裏付ける情景が待っていました。
八ツ面川は全長1,347m。川沿いに整備された遊歩道には、東屋やベンチがいたるところに用意され、町民の憩いの場となっています。
澄んだ流れと、川辺の草花や水草の涼しげな風情を楽しみながら川を遡り、遊歩道を小一時間ほど歩いたでしょうか、八ツ面川は田んぼの真ん中で突然行き止まります。川は遠くに見える山の奥から流れてくるものと思い込んでいましたが、その場所こそが川のはじまり、平地に湧き出す水が八ツ面川の源流だったのです。
そして、豊富な水源が周囲のくぼ地を満たし「やつめ」をつくり出していました。
八ツ面川の水がこれほどきれいなのは、源流がほど近い湧水であること、さらに町のいたるところに自噴する水も流れ込んでいるからです。氷河時代からの生き残りと言われる体長5cmほどの淡水魚、絶滅危惧種に指定される希少な「イバラトミヨ」が生息し、夏にはホタルが見られる場所もあるとか。
繰り返しになりますが、これが山間部などではなく、役場や病院、商店、学校、住宅が立ち並ぶ町の中心部を流れる川の話なのですから、なんとも驚きです。
02
間近にそびえる鳥海山に端を発する、
昔ながらの風情ある川景色。
列車からの眺めは、時間を遡ったような日本の原風景…とお話しました。実は、遊佐町がある山形県庄内地方は、日本映画のロケ地として多くの映画人、映画ファンに愛されています。
「たそがれ清兵衛」をはじめとする藤沢周平作品、「スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ」「おくりびと」「ICHI」「スノープリンス 禁じられた遊び」「座頭市 THE LAST」「十三人の刺客」「おしん」「超高速!参勤交代」「るろうに剣心」「海月姫」「殿、利息でござる」などなどなど。いかがですか?ご覧になった映画がきっとあることでしょう。
なかでも、日本初の米アカデミー賞受賞の「おくりびと」は月光川、世界に知られる「おしん」のリメイク映画「スノープリンス」は洗沢川(あらいさわがわ)と、それぞれ遊佐町内でも撮影が行われました。
洗沢川は鳥海山に源を発し、春は中山集落の左岸堰堤に沿って、約60本のソメイヨシノが咲き誇る桜の名所。花見客が大勢集まり、撮影ポジションを争うようにカメラマンが列をなします。その一方で、桜の季節が終わり人の波が途切れた情景にこそ、心なごむ本来の姿があるような気がします。
清冽な伏流水を集め、ときには白波を立て、ときには緩やかに揺れる川面に遊佐町らしいのどかな風景を映す洗沢川。昔ながらの石垣の護岸、庄内地方ならではの黒瓦、黒板、白壁が印象的な家並み。心地よいせせらぎをBGMに橋の上に佇んでいると、何度か訪れている場所なのに夢を見ているような感覚にとらわれます。
初めてこの風景を見る人にとっては逆でしょうか。いつか来た、どこか懐かしい、記憶のワンシーンに思えるのかもしれません。ふと気配を感じて空を見上げると、まるで絵に描いたように一羽のトンビが輪をえがいていました。
後篇に続く