【第七話】 海と山に由来する大地からの熱き恵み。【後篇】
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眼前に広がる海に抱かれて湯に浸かり、床に就く。
200年をさらに遡る趣に旅情誘われる一軒宿。
秋田県との県境に近い女鹿地区に佇む湯ノ田温泉。田圃の中に自然湧出した温泉に東屋をかけて浴場を設けたのが始まりとされています。
「飽海郡誌」にその起源を紐解くと、開湯は年代不詳で、海にあまりに近く荒波を被るためいったん廃業するも、文政元年(1818)の地震で地盤が隆起して再び利用できるようになり、浴場設置の請願がなされたとあります。それが約200年前のこと。
「山ヲ背匕海ニ枕シ風景佳絶ナルヲ以テ遠近来浴スルモノ頗ル多ク県内著名ノ浴場タリ」
同じく「飽海郡誌」の記述通り、大正から明治にかけては5軒もの温泉宿が立ち並び、山形県内でも有数の人気温泉地として芸妓をかかえるほどの賑わいだったといいます。現在はただ一軒、その歴史を継ぎ営業を続ける「酒田屋旅館」を訪ねてみましょう。
日本海沿いを並行して走るJR羽越本線と国道345号線(旧7号線)の海側、宿を出ればすぐ足元が海岸という立地に、酒田屋旅館はあります。かつては現在地よりも山沿いの広い敷地にあったものが移転し、現在に至っているとのこと。
すべての客室と浴場から波打つ海と夕日の眺めを堪能できる絶景が最大の魅力で、「山ヲ背匕海ニ枕シ」とあるように、朝目覚め、枕に頭を乗せたままでも海が見えるほどです。
岩風呂には、ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩冷鉱泉がほどよい温度まで加温し供給されています。わずかに塩分が感じられますが、無臭透明で肌触りがサラサラする心地良い温まりの湯です。
鄙びた趣のある建物、冬期はコタツが用意される客室。最新の設備を備えたホテルでは決して味わえない懐かしさと温かみ、そして親(ちか)しさ。そのどれもが、遊佐の素朴で奥深い魅力を象徴しているように思えるのでした。