【第三話】 神秘で語られる幽玄な水域を巡る。【前篇】

  • SHARE
  • 01

    透き通るエメラルドグリーンの水を湛え、
    杉木立の中にひっそりと佇む御神体。

    鳥海山の裾野、鬱蒼とした杉林に分け入ると、そこだけが木漏れ日のスポットライトを浴びて光り輝いていました。正体は池です。直径20m、水深3.5m。鳥海山大物忌神社の境内地にあり、池そのものが御神体。古くから「丸池様」と呼ばれ、信仰の対象として大切に守られてきました。

    遊佐町は鳥海山の大きな恵みである湧水が数多く点在しています。丸池様もまた地下から直接湧き出す水で満たされ、涸れることがありません。水面に目を凝らしていると、湧水に混じって湧き上がる気泡がつくる波紋を、あちらこちらに見ることができます。

    水底に横たわる倒木、積もり重なる落ち葉、ゆらりと葉を伸ばす水生植物がまるで宙に浮いたように見える透き通った水は、幻想的で美しいエメラルドグリーン。池を囲む木々の緑を水鏡に映し、天地の区別がつかない不思議な感覚に捕らわれます。

    丸池様がいつ誕生したのかは定かではありません。平安時代、後三年の役で武名を轟かせた16歳の若き名将、鎌倉権五郎景正が敵に射貫かれた目を洗ったという言い伝えがあります。そのため、丸池様に棲む魚も景正に敬意を表して片目なのだとか。

    周辺に広がる田圃の風景、里ののどかな情景と切り離された異空間。
    命を宿した水の神聖な領域が、そこには確かに存在しています。

    02

    秋には鮭が遡上する小さな清流。
    滑るように流れる川面に梅花藻が揺れる。

    町なかから車を走らせること10分。看板を頼りに進む田んぼの風景、人々の暮らしの営みの先に、濁りを知らない生まれたての小流があります。流れの全長はわずか4km、全国でも珍しい、ほぼ湧水だけを集めた牛渡川です。

    丸池様と隣り合っていますが、水源はそれぞれ違います。川岸や川底のあちらこちらに、鳥海山の伏流水が湧き出す様子を見ることができます。

    水が見えない。

    牛渡川を初めて目の当たりにした誰もが口にする言葉です。いえ、誰もが言葉を失うと言ったほうが正しいかもしれません。水が見えないのです。それほどの透明度。清流にのみ繁茂する梅花藻の群生は、川中にありながら、風にそよいでいるかのようです。

    生物すべての命と暮らしに欠かせない水。特に水資源に恵まれた日本に住む私たちは、あって当たり前のものと思っています。その豊かさを、貴重さを、忘れていないか。きちんと見つめているか…見えない、けれど梅花藻を揺らす流れは、そんなことを思い返させてくれます。

    梅花藻の可憐な花が咲く初夏から季節が移り変わり、周辺の田圃一面が黄金色に輝く頃、牛渡川は、遡上する鮭の命の営みに躍動します。

    後篇に続く

    関連記事