エッセイ:『うなされた相手は?』

 

 

“…No………No, no !!!”

ハッ!と飛び起きた。ひどい悪夢を見ていたようだ。

「あーあ、今日もニールにしごかれるのか…」

それは2018年まで遡る。山形県初のウイスキー蒸溜所としてプロジェクトを始動した遊佐蒸溜所。目指すは“本場に忠実なウイスキー造り”、“世界最高水準のウイスキー”。その目標を達すべく、製造機器は世界一のプラントメーカーであるスコットランドのフォーサイス社製を採用。6月末に完成した建物内にプラントを設置するため、フォーサイスの技術者は多い時には11人、約3ヵ月にわたって作業をしてくれた。

彼らの作業場では大きなスピーカーからオアシスやリンキンパークが爆音で流れ、昼休みには毎日サッカー。思い返すと日本では考えられない、かなり異様な風景。そんな彼らを束ねるリーダーが、私に悪夢を見させた張本人。名はニール・ボーグ。高温多湿な日本の夏もお構いなしに履いているエンジニアブーツがトレードマークだ。作業中の3ヵ月は、すれ違いざまに挨拶をする程度の仲だった。

問題はここから。設置完了後、実際にプラントを用いて彼らから本場の製造方法を教わる研修が始まった。1日目はひとまずニールについて回り、説明を受けながら操作方法を見学。通訳がいるとはいえ、専門用語のオンパレードで全てを訳してもらえるわけでもなく相当の苦戦を強いられた。長い1日がようやく終わりホッと一息ついた私に、ニールは追い打ちをかけるかのようにこんな言葉を残して現場を後にするのだった。

「明日はチェンジ。君がやって、俺がチェックするから。」

…たった今、見聞きしただけの事を明日から全部やるの?さあ大変!その日は夜通し復習とマニュアル作り。気がつけば朝が来て鳥が鳴いている…。悪夢を見る暇さえ与えられなかった。

翌朝。背中に痛いほど視線を感じながら、ロボットのようにガチガチになった体を動かす。とあるバルブに手をかけると、

“…No.”

静かな声が響く。別の場所でも、

“No!”

少し語気が強くなったような…。どんどん焦って切羽詰まり、ストップがかかる前にバルブを動かそうものなら、

“Noooooooo!!”

その表情、ムンクの『叫び』の如し。

結局そこからは毎日“No”祭り。冒頭の悪夢を見る羽目になるのであった。

とはいえ、決して嫌な奴ではない。“No”と言った後には、何がどうして“No”なのかを教えてくれる。話す内容も実に論理的で、すんなり納得できる答えが必ず返ってくる。ただほんの少しストレート過ぎるのだ。ニールの熱血指導は1週間ほど続き、手のかかる生徒だった私も最終日には“No”がゼロに!彼らの帰国日には皆揃ってニッコリ笑顔で記念撮影。

今では、機器の気になる箇所や製造面での質問をメールでやりとりする仲。また、これは後から聞いた話だが、

「初心者が数日でここまで出来るようになるなんて今まで見た事がないよ!信じられない。」

と私の知らないところで褒めてから帰っていったそうな。彼は属にいうツンデレだったのだろうか?少しくらい直接褒めてくれて良かったのに!

 …失敗談のつもりが、気づけば自慢話のようになってしまいましたね。次回も遊佐蒸溜所のあんな秘密やこんな秘密をお届けいたします。

▲遊佐蒸溜所スタッフとフォーサイス社スタッフの集合写真。右端がニール氏。

(ブナの森新聞令和2年秋号第12号『新人蒸溜家が挑むオンリーワンなウイスキー』掲載)